今から14年ほど(と言っていました。)前に、地元のケーブルテレビの

市民リポーターとして、私は2年間やっていました。

この時新しく採用された市民リポーターは、5人でした。

年齢も20代から60代まで幅広い年齢層の人でした。

最初の顔合わせからこの5人は案外?仲良くて、コミュニケーションがとれる

ようにと、いろんな面でお付き合いが始まりました。


撮影があった後、テレビで放映されるとすぐに見て、話し合ったりもしました。

通常のお友達としては少し違った感じの友達でした。

2年間のリポーター期間が終わると、時々会っては食事会などを持って

親交を暖めていました。


みんなの顔が見たくなってくると、「sakuraちゃん、又食事会の段取りしてよ~」

と催促が入ってきていました。この催促がよく入ったのが、今回の彼女でした。

今回私がとても辛く、悲しかったことと言うのはこの彼女の事です。



9月27日のお昼頃に、携帯にメールが入っていました。そして、不在着信も

入っていました。メールの差出人は以前のリポーター仲間の人でした。

でも、不在着信の番号は全く!私の知らない人からでした。なので、そのまま

にしていようと思っていると、今度は携帯にメッセージが入っていました。


とに角メッセージだけでも聞いて見ようと思い、聞いていると、まさか?!!

予想もしていない言葉が聞こえてきました。胸がドキドキし、心臓の音が大きく

なって聞こえてきました。「うそ!!うそや~ン!!」と叫んでいました。


「もしもしsakuraさんでしょうか?私○○さんの友達の○○といいます。

 昨日、○○さんがお亡くなりになりました。もしこのメーッセージを聞かれたら

 お電話下さい。」

と入っていました。もう!目の前が真っ暗!!信じられなくて、急いでその方に

連絡を入れて、確認をしてしまいました。「あんなに元気だったのに」と言うのが

精一杯でした。

その方も急だったので、誰に知らせたらいいのか分らず、とに角名前のある方から

連絡を入れていますと言っていました。


その後、ケーブルテレビのときのディレクターだった、いつも一緒に食事に行って

いた女の方に連絡を入れると、その人も驚いてショックだったとか。

翌日、葬儀式場でみんなと会い、祭壇に飾られた彼女の遺影を見つめ、本当なんだと

実感しました。


会場の入口で彼女の事を書かれた書面を頂き、又してもショックが私を襲ってきました。

病名が私と同じだったからです。まずこれがかなり私にとっては、ショック!!でした。

病気は回復したけれど、肺炎に感染し、亡くなったと言うことが書かれていました。


どうして??!!ってつぶやいていました。私は何とか元気になっているのに、心優しい

彼女が亡くなるなんて?しかも!同じ病名で!!

これは本当に!悲しいし、辛いし、泣きたくもなりました。


しかも!遺影は以前のような優しい、明るい彼女の写真がにっこりと笑って

いました。

美味しい食事を頂いている時は、彼女本当によく笑い、楽しそうな顔をして

「sakuraちゃん元気そうで良かった。楽しいね。みんなにあえて嬉しいわ」とか

言って喜んでくれました。


最後の食事会になってしまった、一昨年の春にあった時も大きな口を開けて、ケラ

ケラとよく笑っていたっけな。彼女とはその時が最後になってしまいました。

5人いた市民リポーターが4人になってしまいました。

まだまだ若かった彼女、これからと言うのにな~~

「どうか安らかにお眠り下さい」(合掌)




今回はブログランキングを出していません。
次回からは又よろしくお願いします。

2011.09.30 / Top↑
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