堺市内散策Ⅱを始めます。

昼食を本願寺堺別院で済ませてから、又散策です。

市指定の木

進行方向に歩き、覚応寺へ行きます。

覚応寺

この辺りは時代劇にでも出てくる武家屋敷と言って
そのまま撮影に使えそうな通りでした。

武家屋敷風

なめこ壁

なめこ壁Ⅱ

なめこ壁の建物などもあって、雰囲気は抜群!!
途中の地面には「てくてくろーど」と書かれた、標識が
記されていて、初めての人にもわかり易くなっていました。

てくてくろーど

その後は十輪院、山口家住宅(未公開)と回りましたが、
これは急遽の事だったようです。

最初の予定では昼食の後は、堺刃物伝統産業会館へ
行く予定でしたが、火曜日が休館だったようで、
行けなくなってしまいました。

大道筋へ出て、ここからは「チンチン電車」に乗車です。
チンチン電車

寺地町駅で下車し、歩いて10分ほどの所の「南宗寺」へと
向かいました。

南宗寺は、1526年(大永6年)、京都大徳寺の住職が堺の
一小院を南宗寺庵と改称したのが始まりだとか。
そして、このお寺にはなぜなの??か
「徳川家康」のお墓がありました。

東照宮から分骨されたのだろうか??
「徳川家康の墓」と書かれていました。

家康の墓1

家康の墓Ⅱ

お墓の前には「唐門(国指定重要文化財)」があり、とっても
りっぱな門でした。
”この門は詳細様式から17世紀中頃の物と
見られ、木鼻の絵様繰形は、甘露門のものに通ずる共通性が
認められ、戦災により焼失した東照宮へ通じる唐門である。”
(南宗寺の説明書きより抜粋)

ここへ来る前にも「甘露門」と書かれた門があって、
「国指定重要文化財」となっていて、”本瓦葺の建物で
禅宗様と和様の折哀様式になっていて棟札により
1647年(正保4)の建立であることがわかる。”
(南宗寺説明書きより抜粋)と書かれていました。

甘露門

                    
            





こちらのお寺は、すでに木によっては紅葉が始まっていて
とても綺麗でした。オレンジ色のものもあれば、真っ赤に
染まった物もあり、それが銀杏の黄色と並んで、本当に!
目も覚めるようでした。

紅葉1

紅葉Ⅱ

紅葉3

紅葉4

このお寺では案外長い時間見て回り、その後は次のところ
へと又散策です。

途中少林寺なども見て回り、

少林寺

少林寺窓
     この窓は有名だそうです。

千利休屋敷跡へと回りました。

千利休跡石碑

千利休後

屋敷跡は今ではただの空き地となっていました。
金網で囲いがされていて、奥のほうに立て札が立っているだけ。

千利休跡2

千利休跡

小さくても屋敷があって、茶室などがあるのかな?と思っていましたが・・

千利休後Ⅱ

その後、与謝野晶子生家跡にも回りましたが、そこも大きな
通りに面していて、立て札だけでした。

明子生誕地

昔はもっと狭い道だったのでしょうが今は車社会なので、
どんどん変わってきてしまったのでしょう。

明子生誕地Ⅱ

散策はここまででした。後は南海電車南海線の「堺」駅まで行き、
ここで解散となりました。10時30分位に歩き出して、堺駅に
到着は4時前でした。この散策での徒歩数は、ある人の携帯電話
での数だと「約17000歩」だったそうです。
そんなに歩いたかな~

堺駅

駅構内でお茶を飲んでからゆっくりと帰ってきました。
堺を散策して感じたことは、「お寺が多いんだな~」との感想でした。
軒並みお寺があって、いつもの散策とは少し違った感覚です。
でも!!楽しめました。始めて来た町「堺市」。
どうも有り難う!!


”記事が面白かったり、楽しかったり、
何となく役に立ったわと思われたら
この下の拍手マークにポチッと
1回クリックしてみて下さいね”


2008.11.15 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://ikkodenikkori.blog75.fc2.com/tb.php/14-6cf94ad5